2008 / 1 / 17
年が明けてもう1月も半ば過ぎ、世の中はすっかりお正月気分も抜けて日常の風景が戻ってきました。
新年の誓いももう忘却のかなたにしまいこまれた方も多いのではないのかなあ。

犬と共に相変わらず歩いています。元麻布ヒルズのふもとから麻布十番へ抜けて鳥居坂を登り六本木交差点へ。ALFIEの先の地下鉄入り口の階段を降りて地下道へ、ながーいエスカレーターを駆け上がるとそこは六本木ヒルズ。森ビルがそびえ建っています。この広場を抜けて映画館のポスターを見てから階段を下ります。野外劇場のような施設を左手に見て陸橋を渡ります。この陸橋の近くの広場では毎週土曜日に朝市が開かれます。その時にはリュックを背負って来るのです。このリュックに目一杯の野菜を詰め込むとかなりな重たさになり、背負って歩くと素晴らしいトレーニングにもなるわけです。新鮮でお得な買い物と筋トレ、心肺機能も向上し一石二鳥〜三鳥。
この六本木ヒルズ、ほとんど人が居ない早朝でもエスカレーターは動き、冷暖房完備の公衆トイレは清潔に掃除され、自動ドアに関するひっきりなしのアナウンスつきという豪華さ。ここは世界の中でも本当に特別な場であろうと思うのです。しかしここの電気が消えごみが溢れ人の気配がなくなったらどんなに怖いことかと、美しく整備された贅沢な空間を歩かせてもらいながら地球温暖化に一役買っちゃってるなと思うのです。
で、散歩は続くのです。陸橋を渡り教会の前の道を元麻布のほうへ入り裏道を通って麻布高校の裏手から有栖川公園へ行きます。もう紅梅が咲いています。落葉が集められた梅の木の下で私と犬は走り回ります。ここなら転んでも大丈夫。ちょっと息が弾んで汗ばむほど遊ぶと犬も納得します。14歳になろうとする犬が元気で走れるのもこの公園のお陰です。

私が元気でいられるのも歌っていられるのもこの犬と公園のお陰でしょう。あとどれくらい一緒に居られるか、それを思うといつかは覚悟をしなくてはならないことですが胸が詰まります。が取り越し苦労をせず、毎日毎日を大切に丁寧に活きていくことが極意でしょうね。大切にと言うことで思い出しましたが、公園のベンチにねっころがれなくなったのは何時のころからだったでしょうか。鉄製であったり木であったりベンチの中ほどに区切りとして打ち付けられていて・・・。3人ゆったりと座れたのに2人別れて、それとも2人くっついてお座りなさいということなのかい?ホームレス対策らしいけど、なにかとても貧しく、人の心を大切にしない無神経さを感じます。もっとおおらかでもいいんじゃないのかなあ。

今年のモットー、気張らず、慌てず、騒がず、やわらかく、あたたかく、まあるく。

あっは〜っ!無理かしら?
 2007 / 12 / 28
悲喜こもごものこの一年、間もなく新たな年に移行します。年季だけは入り少々頑固になってきたこの歌のおばちゃんに、関わってくださった全ての方々にこの場から感謝を申し上げます。

1月には青森で日本原燃主催のコンサート、博多にて福岡アクロスでのコンサート。
2月には松江でのコンサートとクリニック、博多、大分、下関でのライブ。
3月は、ジャカルタのジャズフェスへ。
4月は東京教室の発表会を六本木ALFIEにて開催。
5月には津軽弁ジャス、のレコーディング、大家さんのお寺、延命院でのコンサート。名古屋ブルーノート出演。
6月には浜松ジャズウイーク、佐藤允彦さん主催の佐藤塾に参加。
7月には日立でのライブ,ホクトピアにて寺井尚子さんのコンサートにゲスト出演、そしてNNHとの岩見沢コンサートと大阪ブルーノート。横須賀ジャズフェス。
8月には故郷、小豆島と高松でSWJOの皆さんとコンサート。
9月には夫とNYへ観光旅行、ヤンキースタジアムへ。日本向けのFM番組に出演。
10月は神戸教室と博多教室の発表会。大分と木城のえほんの郷でのコンサート。青森、津軽弁の日に押しかけゲスト出演。
11月、STBにて伊奈かっぺいさんをゲストにお迎えしてコンサート。仙台といわきにてライブ、又九州へ、直方と北九州市でライブ。
12月、小出郷でのコンサートと新潟でのライブ。静岡でのコンサート、NHK、下丸子ジャズクラブ、福岡産業大学コンサート。

この他に、青山のBODY AND SOUL、六本木のALFIE、銀座のSWING CITY、西銀座のSWING。赤坂のNOVEMBER11TH、横浜のDOLPHYの皆さん、一緒にステージに上がって音楽の時を紡いだミュージシャンの皆さん、VAMのみなさん、スタジオ82度の皆さん、西村事務所の皆さん、マルドゥ・アソシエイツの皆さん本当に御世話になりました有難うございました。

そして、コンサートにライブにとお越しくださった皆様、有難うございました!

来年の目標は、とにかく元気でいること、そしてフル・アルバムを制作すること。
こうして宣言しておかないと又のびのびにしてしまいそうですから。
身体を鍛え、新鮮な心で一つ一つのステージを大切に歌って参りたいと思います。
どうぞ皆様、良いお正月をお迎え下さい!
よき年でありますよう、祈念いたします。
 2007 / 11 / 30
118315分ごろ、『見幸が・・・、さっき3時に逝きました。』石野見幸さんのお姉さんからの電話でした。

4日の夕方、神戸の病院にお見舞いにうかがって、認めたくは無かったけれどこれが今生のお別れになるのかもしれないと、お互いに感じていたように思います。
昨年の9月、宝塚の病院にお見舞いにうかがった日は見幸さんに余命が宣告される日でした。このときの手術がとても軽かったと、回復を信じて明るい表情の見幸さんに、ご両親とお姉さんは,彼女に命の期限を伝えなければならなかったのです。
それから1年と3ヶ月。見幸さんは壮絶な闘いを挑み、逝きました。

神戸のオゾネ・ミュージック・スクールに見幸さんが初めて来たのは5年ほど前だったでしょうか。(私はこの教室で2000年から月に1度レッスンをさせていただいています)黒縁の四角いめがねをかけ、髪は黒くセミロング、白いブラウスに黒いカーディガン、落ち着いたブルー系のスカートをはいていたように記憶しています。OLさんのような地味ないでたちですが、どこか只者ではない感じがあり、きれいな人だなと思いました。その時はもう最初の胃癌の手術後だったそうです。来週、北村英次さんとのお仕事があるのでその時に歌う曲をチェックして欲しいとのことでした。あ、やっぱり普通のお嬢さんではなかった、と納得をしたのでした。レッスンには休み無く来られた時期もありましたし、東京の自宅にもやってきました。その時の大荷物の重たかったこと。見幸さんは力持ちでもありました。友達のおうちに泊まらせてもらい我が家へは3日間連続でレッスンに通ってきました。最初の日はフルメイクをし洋服もビシリと決めてきました。ものすごく暑いさなかでしたので気の毒に思い、素顔でいいし普段着でおいでと言うと、次の日は花のすっぴんでジーンズにTシャツで現れました。健康そのものに見えました。

明日のレッスンには行きますと言っていたのに来ない時がありました。気になり電話をすると、お母様がお出になり、入院したとのこと。ずる休みではなかったのです。
時として急激にどこかが具合悪くなる状態で、2005年の大阪ブルーノートでのオゾネミュージック・スクール発表会には参加できたのでした。その日の見幸さんは赤のドレスが良く似合って美しかったし、自分で考えたアレンジで歌った”Everything Must Change”もとても彼女らしさがでていてよかったのです。

この日を最後に見幸さんは神戸の教室に来ることはありませんでした。

気になりつつしばらく連絡を取りませんでしたが、でもある日どうしても気になってお家に電話をしました。入院をしていると分かりました。そして宝塚の病院へ伺ったのでした。

闘病の日々に見幸さんは、たくさんの方がたと大切なお話をなさったのだろうと思います。
そのうちの一人である私は、とりとめも無い馬鹿話や、大声で笑っちゃうような失敗談やレコーディングのこと、音楽のこと、歌のこと、声のこと、衣装のこと、恋のこと、命のこと、神様のこと、私たちは泣いたり笑ったりしながら携帯で話しました。その会話の中で私は見幸さんから、癌という病気のこと、その医療体制が日本ではまだまだ確立されていなくて、助かる可能性のある患者さんが納得の行く治療を受けられないで居ること、それには厚生省に考えて動いてもらわなければならないこと、を教わりました。
『今一度歌うことを目標にして・・・』とマスコミに取り上げられた石野見幸さんの、テレビ取材への本当の願い、美しい年頃の女性が本音を言えば見せたくない、自分の苦しむ姿を見せてまで訴えたかったことの核心が、たくさんの人に伝わり医療体制が改善されていくことを祈りたいのです。

私の歌と私を愛してくれて有難う。こんな私の歌で本当にいいの?と思うほど見幸さんは愛してくれました。私の携帯には見幸さんからのメールがたくさん残っています。『せんせ〜、ありがとう!感謝してます。』と、いっぱい、いっぱい、感謝!が残っています。

114日にお見舞いに伺ったとき、痛み止めで朦朧としているのに、まだ冗談を言ったりして気を使う見幸さんでした。病室に居る間ずっと握っていた温かな手の感触、お別れの時、起こしてもらって抱き合った背中、この両手の中にすっぽりと納まってしまう華奢な身体。2センチほどにきれいに生えそろってきた黒髪。
ご自分の人生の意味を問い続け、苦しんだ日々はこの世の地獄であったと思いますが、たくさんの人に思いを頂いたことは幸せでしたね。

今は安らぎの中に居られることを祈っています。
35歳は彼岸へ逝くのには早すぎたけれど、人は皆、生きるものはすべて死に向かうもの。
もう少ししたら、私もそっちへ行くから、その時は一緒にステージをやろうね、約束したんだからね。

そして、私こそあなたに会えてよかった。ありがとう!
  2007 / 10 / 29
大分、木城、青森、と行って来ました。

大分はライブハウス、BRICK BLOCK。このお店は岩崎大輔さんと2月に伺ったばかりで、年2回も出演させていただくのは稀有なこと。今回はギターの平岡雄一郎さんと二人です。お店の裏手がすぐ海で,きれいな遊歩道が出来ています。ステージの後ろのドアを開けると良い風が入ってきます。週末の昼下がり、オープンカフェで柔らかな音楽を聴きながら美味しいパンとカフェオレのブランチ・・・なんていいんじゃないですか?
マスターの大津さんはもう20年も毎朝新聞配達をしている人である、それも歩いてです。ライブで遅くまでミュージシャンと付き合うことが多いはずなのに、朝早い新聞配達!本当に頭が下がります。お店に行って大津さんと会ってみてください。とってもチャーミングな方です。お客様を満杯には出来ませんでしたが,暖かな拍手をいっぱい頂きました。平岡さんとの演奏も心合わせていいものがお届けできたと思います。大津さん有難うございました。
翌日は大分からJRでの移動で「にちりん2号」で高鍋駅下車。木城のえほんの郷へ。車で30分ほどだったでしょうか。道々に切り抜かれたお星様たちが置かれていて今夜の星の夜の音楽会の告知がなされています。コスモスが咲き乱れて、紅葉も始まっています。ここは9年前の11月に小曽根真さんと伺いました。その時の楽しかったことは小曽根さんとも折にふれ話題になりますが、今回又平岡さんと良い思い出が出来ました。
小曽根さんとの時は山のほうのステージでしたが今回は池の上です。池の上に組まれたステージと山の傾斜を利用して石垣で階段状に造られた客席。リハーサルのときには若い方から熟年の方までたくさんの方が皆さんてきぱきとご自分の仕事をこなしていらっしゃいました。このコンサートが好きでわざわざ遠くから手伝いに来てくださる方も居るそうです。鮮やかな花々が大きな竹の筒に活けられてステージを飾ります。客席の上手と下手に薪が積まれ本番直前に火がつけられました。お能の舞台のようです。野外のコンサートはお天気が心配ですが、このえほんの郷では一度も雨に降られていないとのこと。この日、お星様は見えませんでしたが曇りゆえにそう冷え込むことも無く、お客様も私たちも寒さに震えることなく音楽を楽しむことが出来たのでした。皆で歌える曲をと、“見上げてごらん夜の星を”を急遽プログラムに加え大合唱しました。良い時間でした。450人ほどのお客様だったそうです。喜んでいただけたようでよかったです。

えほんの郷の館長、黒木郁朝さん、事務局長の森一代さん、皆さん有難うございました。

青森も1月に日本原燃コンサートで伺いましたので今年2度目になります。
1022日は伊奈かっぺいさんの青森放送のラジオ番組に、23日は“津軽弁の日”に出させていただきました。日本の国内でこれほどふるさとのなまりを愛して、言葉遊びを楽しむのは津軽弁以外ないのではないでしょうか?私の津軽弁もどきの歌をお聴きくださいまして有難うございました。しかし、ますます津軽弁の魅力にはまって行く私です。
『 ごのさぎ、どへばえだきゃ? 』
かっぺいさん、大友さん,阿部さん,甲地さん、お世話になった皆さん、ありがとうございました。
仙台では宮城テレビの“OH・バンデス”とDATEに・FMに生出演させていただきました。福島ではFMポコ、ふくしまFMに出演をさせていただきました。関係者の皆様有難うございました。

さて、もう告知もしておりますが111日は六本木はSTB139で伊奈かっぺいさんをお迎えしてコンサートを開きます。山本剛さん、安カ川大樹さん、海老沢一博という素敵なトリオでほのぼのと、津軽の人でなくてもふるさとのなまりなつかしい温かな時間にしたいと思っています。どうぞ津軽弁とジャズにお出かけ下さい。

『 面白くなるびょん! 』
  2007 / 10 / 11
9月の18日から29日まで、うちのおっちゃんとニューヨークへ行ってきました。

今回の旅行を決めたのは4月の終わり頃のこと。BS放送でアメリカの野球を観ていて、ヤンキース・スタジアムへヤンキースの応援に行こうと思い立ったことからでした。
熱烈な野球ファンでもない、日本の野球場でさえろくに行ったことのないこの私が何故そう思い立ったか。テレビで見る野球ファンたちに魅了された、この場の中に加わってみたいという気持ちと、ヤンキース・スタジアムが来年には終わってしまうからいっぺん行っておきたいと言う動機からでした。なんちゅう贅沢なことでしょうか。
野球観戦が第一目的でもそこはうちらはミュージシャン。ニューヨークの本場クラブ活動はおこたり無くほぼ毎夜の出動を致しました。今回の旅行は一切レッスンなし。遊びに徹底したのでありました。
そして何より素敵だったのは泊めていただいた友人のアパート。アパートといえば4畳半一間の西日が入る小さな台所・・・、のイメージが日本では付きまといますが、そうではありません。マンハッタンを対岸に見る、ブルックリンはウイリアムズバーグ橋の南側の川岸に建つ瀟洒な近代マンションの一室。大きく開かれた窓からはイースト川を隔ててマンハッタンが見えます。朝靄のマンハッタン、きりっと晴れ渡ったマンハッタン、くっきりと空にそびえるビル群、夕焼けの空、トゥワイライトの中に影の色を濃くしてゆくビルの窓に明かりが灯り始め、やがて宝石を並べた様な豪華な夜景に変わっていきます。私たちにとってこの非日常な景色が、本当にうれしかったですね。仕事の旅行もあちこち行かせて頂いて日本以外の国も少しは見ましたが、こんなに大きな景色が毎日表情を変えて目の前にある、それも大好きなマンハッタンが両手で抱えられそうに広がっていることが嬉しかったですね。
交通の手段はカー・サービスを利用する。ウオーター・タクシーに乗る。バスで地下鉄の駅まで行く。歩いて駅まで行くと4通りの手段があります。便利なのはカー・サービスで電話して2〜3分で来てくれる。駅までチップ込みで7ドル。楽しいのがウオーター・タクシー。マンハッタン島へのしばしのクルージング。ウオール街へもミッドタウンへも10分足らず、5〜6ドルで行けます。アパートのすぐ下が船着場で船がやってくるのが見えてからでも間に合うという便利さ。しかし朝と夕の通勤時間のみの運行です。これが一日中あれば言うことなしですけど。この辺りはマンハッタンから出てきた人達によってどんどん開発されているそうで、雰囲気としては20年前のヴィレッジの感があり、その暖かな環境が新しい住人を呼んでいるようです。近い将来ウオーター・タクシーも一日中利用できるようになるかもしれませんね。
肝心の野球観戦です。前の晩から少し支度をしてお弁当を作っていきました。梅干のおにぎりに、こんにゃくとレンコンのきんぴら、卵焼き。アパートの家主さんご夫妻と4人でわいわい言いながら楽しみました。特に松井選手がバッターボックスに立ったときには大声で声援を送り,2塁打を打った時には廻りの人達も大喜びでわざわざ私たちのところにハイ・タッチに来てくれたほどでした。この試合はデイゲームで日本向けのテレビ中継は無しで残念。4対1で負けちゃったことも残念!でもなんて言えばいいのでしょう。なにか大きく違うのですね、日本の野球とアメリカのそれとは。本場のおおらかさと、追っかけている側の追い越せない切なさとでも言えばいいのでしょうか。ヤンキース・スタジアムで感じたことは、意外なことに素朴さ。大きなビジネスとして成り立っているにもかかわらず、ゲームそのものは本来の素朴さを感じさせてくれるし、観衆も勝ち負けには当然こだわるけれども野球を楽しむために、球場に来ていることも楽しむんだなあ、と思ったのです。試合が終わっては混んだ地下鉄を避けて、のんびりと船で川を下って帰りました。風が気持ちよかったです。ライブハウスの演奏は、さすが本場の底力を感じるものが当然ありましたが、胸をつかまれるようなものすごい感動には出会えませんでした。私の触覚が鈍ってしまったのかもしれませんが。次回はコンサートのリサーチをきちんとして出かけようと思いました。自然博物館で懐かしい剥製の動物たちや骨の恐竜と再会し、ブロンクス動物園で活きた動物たちに癒され、バーグドーフ・アンド・グッドマンでため息をつきそして、センチュリー21で洋服の掘り出し物を探したのでした。

無事帰国しまた日常の中に居ますが、心はいつでも旅が出来ますね。

さて10月は12日に九州は大分へ13日は木城へ参ります。21日は博多教室の発表会、22日は青森、23日はご存知「津軽弁の日」に飛び入りさせていただきます。24,25日は東北を少し回ってプロモーションです。お近くの方いらしてください。

さあ、荷作りしなくっちゃ、何を着ていったらいいのかなあ?

  2007 / 9 / 06
岩見沢の爽やかな朝の散歩から戻ると、ホテルの食堂ではもう中村健吾ちゃんが朝ごはんを食べていました。「何を食べてもとっても美味しいんですよ!」と感激の面持ち。なるほど、食材も新しいし愛情こめて丁寧に調理されていることが伝わるバイキングです。低価格で満足な味を楽しませていただけるのは、そのホテルの企業努力とサービス精神の現れですよね。ちなみにこのホテルは岩見沢のホテルサンプラザ。大阪に移動途中、千歳空港で新潟県中越沖地震発生を知る。震度6強。原子力発電所の火災のニュースが待合ロビーの大型テレビで繰り返し映されている。3年前のNNHのツアーの時も名古屋から福岡に移動する途中、北九州地方の地震の情報が入り困惑したことを思い出す。あの時もやはり移動日で当日演奏は無かったけれど、翌日の本番が出来るとは思えなかったし、ホテルには入れても宴会場で夜を明かすことになるだろうと覚悟した。一般客はホテル側の迅速な対応で被害の少ない他のホテルに移っていった。ホテルの従業員の必死の調査で10階の客室が比較的被害が少ないことが判明。団体である私たちはやっと、とりあえず旅装を解くことが叶った。翌日ライブをどうするか、お客様は来られるのかとの不安は福岡ブルーノートのスタッフの懸命な努力の末に、ライブ敢行、大盛況の結果と変わったのでした。あの状況の中、お客様に本当によく来ていただいたとメンバー皆で感激したことを思い出します。災難はいつどんな形で出会うものか分かりませんし、実際に体験してみなければ対岸の火事のようで、現実に自分に起こることとして捉えにくいものです。しかし、今も不自由な仮住まいの生活を強いられている方々が援助を必要としていることを忘れてはならないのですね。出来ることを実行していきたいものです。
今回、私たちは無事に移動を終え大阪に着きました。大阪は湿気で空気が、重たい・・・・。
716日。この日のブルーノート大阪は石野見幸さんの出演です。ご存知の方が多いと思いますが、彼女は癌と戦いつつ歌い続けているシンガーです。昨年の9月、余命を宣告されてから、レコーディングを行いアルバムを創り、ディナーショウーを開きそしてブルーノートー出演と、文字どおり命を懸けて歌っているのです。この日のステージの様子をテレビでご覧になった方もたくさんいらっしゃると思います。彼女は2回のステージを立派に歌いきりました。立ち姿も美しかったです。お話もユーモアに富み感情に流され過ぎることなく、お客様に楽しんでいただこう、そして彼女自身もこの時間を思いっきり楽しもうとの心意気がびんびん伝わる、いいパフォーマンスでした。ここに至るまでの日々、見幸さんは精神と肉体の両面に及ぶいったいどれほどの苦痛を乗り越えてきたのか、健康でいる私の想像を遥かに超えた次元であることしかわかりません。しかし、そんなことはまったく見せずに歌った見幸さんに、歌うことの凄さ素晴らしさをあらためて教えてもらった思いがします。
そして717日、NNHとの大阪公演が始まりました。
手ごたえがずっしりとそしてびたっと来る感じがいよいよ深まり、メンバーの自由度も広がって行く。ほかのビッグ・バンドでは味わえない明朗で滑らかな太いビート。ダイナミクスも幅が増し、より細やかな表情が現されて行く。ひとつひとつのステージを私は石野見幸さんのステージから頂いた歌えることの凄さを感謝して歌わせていただいた。
19日の最終日にはうちのおっちゃんこと海老沢一博が客席にいて驚かされた。ひょっとして来るかなとチラッと思ったけれど、まさか本当に来ているとは・・・!BLACK COFFEE”で共演させていただいた。

小曽根真さん、NNHの皆さん、ありがとうございました。
また一緒に歌える機会を楽しみにしています!

かくてNNHツアー編完結です。最後がかなり腰砕けになってしまいましたが、思いがあちこちに飛びどうにもまとまらず、こんなものになってしまいました。NNH公演の詳細を期待した方、どうかお許し下さいね。
  2007 / 8 / 15
日の出前から今日も暑いぞ、と覚悟を促されるような気配あり。62年前のこの日もこんなであったかしらと、お盆休みの静かな公園でぴーかんの空を見上げる。

さてとNNHツアー第3弾。

北海道の地平線に落ちていく夕日をバスから眺めて一息つくと、もうそこは岩見沢のキタオン・ジャズフェスの会場でした。野外のジャズフェスは仮設のステージの場合が多く、控え室もテントだったりするのですが、ここは素敵です。野外音楽堂としてステージ周りは無論のこと楽屋も充実の設備です。そして何よりなのがこのジャズフェスを支えてくださる人々の熱い思いと、温かいご接待です。さっき、ラーメンを食べたはずなのにもうトン汁をご馳走になっている人もいて、この日はサウンドチェックとリハーサルのみの気楽さが食欲を呼ぶのでしょうか。先にリハーサルを終えたミュージシャンたちと久しぶりの再会です。私たちのリハの時間にちょうど近くのお祭りの花火大会が重なり、その間彼らとおしゃべりができました。ジャズフェスならではの楽しみです。楽屋で好きなことの一つに皆がそれぞれ楽器を出して練習を始める、それこそ各人勝手に音を出すわけですからその賑やかなこと。でもそこは高度のスキルをもった人達の音です。なんだか好いのです。

私の隣りの楽屋で、ベースとドラムとサックスのセッションが始まりました。ドラムは高橋信之介がスネアを床において両足で囲ってブラシでクッキングしてます。ベースは勿論中村健吾ちゃん。サックスはアルトの池田篤さん。覗いてみると、ペコさんもどうぞと誘われ、しばしスキャット練習。しかしこちらの勉強不足で、このトリオの足手まといと感じ切り良いところで抜けて発声練習に戻る。

夜も10時近くになると夏とはいえやっぱり北海道。闇の中に浮かぶステージは冷えてました。寒かったです。マイクロホンが氷のようでした。なんだかんだ重ね着をしてその上にスタッフの方からお借りしたウインドブレカーをはおり首にはスカーフを巻きつけ、やっちゃばのおばちゃんみたいなイデタチで歌いました。立つ場所によって音の反射が聞こえて歌いにくいことが分かりました。こんなことも前もってのリハーサルがあるとちゃんと対策ができます。小曽根さんと、エリックさんが交代で客席に下りて音のチェックをしPAのスタッフさんに注文を出します。この二人がこうすることによってNNHのあの音が決って行き、メンバーも気持ちよく演奏できるわけなのですね。昨日のスタジオでのリハと違い又一段と本腰を入れた音になります。私は自分の音程の不確かなところがよく聞こえ、今一度本番までにしっかりとアレンジの確認をするべしと思ったのでした。でも、もっと前にちゃんとやってなさい!ですよね。


7月15日、晴天。
キタオン・ジャスフェスはお昼から始まりました。昨日の寒さはなんだったの?というようなぴかぴかのお日様。気温もうなぎぼりです。ビールがきっとなまらうまいっしょ!
私たちの出番は午後6時ごろの予定。それまでのんびりです。ピアニストの木住野佳子さんとしばしGIRL TALK。マネジャーとしていらしてた、だんな様との馴れ初めを聞きだしたりして、有意義な楽しいくつろいだ時間を過ごして、さあ本番です。

NNHが3曲演奏をして私の出番。まだ空は明るくお客様がよく見えます。今回のツアー、ここが最初でよかったと思いました。それは時間的な余裕と整った設備があり、音楽を本当に愛する人達がいてくださったこと。それやこれやをありがたく思いながらステージに上がりました。素晴らしい集中を見せる演奏はもうお客さんを虜にして、私はここに加われることが本当に誇らしかった!久しぶりの小曽根さんとのDUO。少しだけでしたが、やっぱりぞくぞくしました。私の心と身体の奥のほうから何か純粋なものが引き出してもらえる、小曽根さんのピアノはそんな魔法があるのです。そしてNNHの音は充実かつ芳醇!今、熟れどき食べ頃のウスタラ、ゴージャスな面々。それに加えてアレンジもスリルに富み物語性に富みその豪華さは満天星のようです。

3曲歌い終えて舞台袖に下がろうとする私に、「もっと歌ってよ!」と客席から声がありました。嬉しかったです!この一声がどれほど私の力になるか。そしてアンコールにI CRIED FOR YOU、このアレンジメントはテンポも速いですし各パートの聴かせどころがあり特にトランペットが活躍します。血沸き肉踊るっ、とでも言えばいいのでしょうか、とりわけわくわくする仕掛けが詰まっているアレンジです。この曲で大いに盛り上がりもう一曲、ほかのバンドのメンバーを呼び入れてのセッション。これも最高に盛り上がって、めでたくツアー初日は終わりました。

北海道の各地から友人、知人、お世話になった方々がたくさん集まってくださいました。懐かしい思い出を共有する方々と又一つ新しい思い出を作ることができてそれも本当にうれしいことでした。遠路お運びくださいまして本当に有難うございました。

翌日はやっぱり早起きをして岩見沢の町を散歩しました。川に沿って遊歩道があり色とりどりの小さな花がたくさん咲いていました。空気が美味しい!散歩をする犬に逢いました。1匹目が桃ちゃん、2匹目がさくらちゃんといいました。
不思議なことなんですこれが…。私の夫、海老沢の娘たち、長女がさくら、次女がももこなんです。

今日はこれまで、ヨガに行ってきま〜す。
みなさん、お暑いです。どうぞ水分をしっかりとって下さい。
  2007 / 7 / 31
NNHツアー報告第2

714日、六本木ヒルズの朝市で新鮮な野菜を仕入れて、しっかり朝ごはんを頂きました。忘れ物はないかと二重にチェック。早朝の出発ですと前日に用意はしますが、お昼ごろですと当日に支度をして間に合います。何せ旅に関しても、もう手馴れていますからね。しかし、そのわりに無駄なものを詰め込む傾向があって、いつも大荷物になってしまうのですが・・・。
花と大将とメロディーに、留守番たのむねと言いわたし、さあ、6日間の旅へ出発です。

小雨の中を品川へタクシーを飛ばし、京急で羽田へ。第1ターミナルの待ち合わせの場所には今回のツアーマネジャーの“しんちゃん”がいるだけ。ほかのメンバーはもうチェックインを済ませて出発ロビーへ入ったとか。みんな旅が日常の人達です。
うろうろと迷子に、なんてことはないのです。この日は台風の影響で九州、四国、関西方面は欠航が相次ぎましたが、北海道は無事飛ぶことが出来ました。
青空が広がる北海道、久しぶりです。バスで千歳から岩見沢へ。車中では近くに座った人と話をしたり、すぐ眠る体制になる人がいたり、アイポッドで何かを聴いていたりと、やっぱり音楽家、音を聴いている人が一番多いです。本を読むのは私だけかな。もっとも、バスの中での読書は目に悪いですし、三半規管が弱い人は酔ってきたりしますから、あまりお勧めできることではありません。けれど、北海道の道は揺れません。大丈夫でした。今回の旅のお供は開口健さんのエッセイ集『開口閉口』。随分昔に読んで面白かった印象があったのを文庫本で見つけて、これや、これや、と開口節を読み進む。私この人、好きですねん。めっちゃ、関西人で、グローバル。すいも、甘いも、にがいも、辛いも、暑いも寒いも、天国も地獄も、混沌と朦朧の間に溶かしてしもて、ああ、ようそんなこと書かはったと、また、ああそれやがな、それを言うて欲しかった、と言わしめるような開口節に仕立て上げて読ませてくれる。あの世に行ったら私この人に会いに行こ。
陽が傾きかけ、もう岩見沢に着くのかしらと思う頃、夕飯にしましょうかの声あり。バスが止められる駐車場つきのラーメン屋さんに入りました。お店の入り口にハスキー犬がいます。人にとってもなれていて立派な看板息子です。中に入るとなにやら田舎の家に、それも40年ほど前に帰ったような按配。小あがりにはちゃぶ台、チャンネルが回る白黒テレビ。家具調ステレオ。鉄人28号ロボット。昭和40年代の映画雑誌。指ではじくパチンコ台。足で踏むオルガン。こまごまとした懐かしい品物が普通に置かれていて、ラーメンのおでましが少々遅くても気にならない面白さです。
これはお店の作戦なのでしょうね。むしろ時間があったらもっとゆっくりしていたいと思うほどですものね。私はこの時代には一応大人になっていたけれど、NNHのメンバーの中にはまだ生まれていなかった人も居るのですね。昔の雑誌のグラビアに艶然と微笑む女優さんの今を思うと、私も老けて当然と思い知るのであります。でも、ほとんどが息子のような弟のような、それも素晴らしいメンバーと一緒にツアーできる幸せを、ラーメンを頂きながら思ったことでありました。ラーメンは予想以上に美味しくて、さすが、北海道!でした。バスに戻る時にちょうど夕陽が地平線に差し掛かり、走行しつつオレンジ色の光が消えるのを皆で、眺めていました。地平線に日が沈む8分間、樹木以外何もさえぎるものの無い道を走れるのは、やっぱりウスタラ北海道だ〜。

本日はこれまで。第3弾は又近日中に。

明日から高松と小豆島へ。84日は高松で。5日は小豆島でのコンサートです。お近くの方、どうぞいらしてください。

では、いってきま〜す。
  2007 / 7 / 26
NNH(ノー・ネイム・ホーセス)とのコンサートツアー、行ってきました。北海道は岩見沢で始まり大阪のブルーノート3日間。あっという間の6日間でした。楽しかった!

713日。池袋のヤマハでNNHとのリハーサル。久しぶりの面々、皆元気そう。小曽根さんは少し身体を絞った様子で、すっきりしてます。3年前にレコーディングのためのリハーサルでここに集まった時とは少しメンバーは変わったけれど、NNHのサウンドはスムーズにそしてより強力になっています。リハーサル途中、ろうそくを立てた大きなケーキが2個運ばれてきてサプライズのハッピバースデイ。この日はエリック・宮城さんのお誕生日だったのです。お祝いをされるとは思ってもいなかったご本人、ちょっと困っていらっしゃいましたが、お陰で美味しいケーキをご相伴にあずかりました。我が家では今この種の甘いもの厳禁期間中なので、本音を言えば、凄く美味しかった!リハーサルはきめ細かく行われました。各楽器の音量のバランスや、音質、ダイナミクス、テンポとグルーヴの確認、などなど。ある大学の学生さんたちが見学に来ていましたが、とてもいい勉強になったことと思います。

リハーサルを終えて次は王子へ。夕方のJR埼京線、私が乗ったこの日は女性がひどくかしましい。男の人達が小さくなって隅へ逃げています。今の世の縮図を見るようでした。北とぴあ、さくらホールにて、寺井尚子さんのコンサートにゲストとしての出演です。ステージに直行してリハーサル。尚子さんとは7〜8年ぶりの共演でしょうか、ますます磨きがかかり、スピードがあり、座長の風格が出ていらっしゃいます。コンサートは1部で大いに盛り上がり、お客様の大きな拍手がモニターを通してもよく聞こえてきます。そして2部私の出番。後でお客として聴いてくれた友人によると、後ろに座っていた若い男の子たちが『このおばさん知らないけど、かっこいいよな。歌がばりばりうまいよな。』との感想を言っていたとか。ああ、うれしい!これでもう最高な気分でありました。

さて翌日はNNHのツアーが始まりました。しかし、出発は午後。土曜日の朝市にはいつもの様にリュックを背負ってメロディーの散歩がてら出かけました。東京近郊の農家の方々が六本木ヒルズに毎週土曜、朝市を開いてくれるのです。昔の香のするトマト、ナスのヘタには本当は痛いとげがある、外の皮も薄みどりで美しいとうもろこし、にがうりはでこぼこのひとつひとつにたっぷりの栄養分が詰まっていそう。ここて手に入る卵も新鮮でおいしいです。これでしっかり朝ごはんを頂いて、さあ出発です。
  2007 / 7 / 9
後藤浩二さんのトリオとの2日間、無事終了!杉本智和さんとはジャカルタ以来でした。

そういえばジャカルタ旅日記、読みたい!って言ってくださる方も居るのですが、まだ最後までたどり着きません。忘れた頃にそ〜っと出します。

2日目の77日は日立のジョージ・ハウスへ参りました。六本木のSTBを小さくしたような造りでビッグ・バンドを乗せるには小さいかもしれませんがステージもちゃんと有るし、楽屋もあるしお手洗いも美しいお洒落なライヴハウスです。ライヴが入る週末だけしか開かない、なんてもったいない!店内は木の床、大きな木のテーブルがゆったりと温かな雰囲気。飲み物のほかにお料理が何皿も並べられそうです。お客様は満員とはいいがたいお運びでしたが、年齢層が広くお子様から私の両親と言えるようなご夫婦までに聴いていただきました。このご夫婦は静かに楽しんでいらっしゃいました。このお二人の周りの空気が穏やかなオレンジ色に染まっているようでした。もっと以前に知っていたら友達を連れてきたのにとおっしゃってくださった方や、ご病気で来られなくなった妹さんに何かメッセージを書いてと、アルバムを買ってくださった方、今度は妹さんとお会いしたいですね。お誕生日の前夜祭の女性、ちかこさんとおっしゃいました。この日はなんと同じテーブルに、それはものすごく大きなテーブルだったからかもしれませんが、3人もちかこさんがいらっしゃったのです。字が違っても何か見えない糸でつながっているような思いがしました。お三方とも素敵な女性です。中でも私の神戸の教室オゾネ・ミュージック・スクールに京都から通ってくる生徒さんでもあり、ハーブ研究家でもある千佳子さんはその日筑波での出張の仕事を終えて日立に来てくれたのです。ありがたいと思います。

皆さんがそれぞれにご都合をつけて私たちの演奏を聴きにわざわざ来てくださる。本当にあだやおろそかに出来ないです。でも余計な力を抜いてリラックスして集中をして歌います。これが私の仕事、私の天職。そういえる自分を心の底から幸せ者と思います。

皆様、有難うございます

  2007 / 7 / 6
7月に入り、蒸し暑さがどんっとのしかかってくる感じです。
お元気ですか?みなさんどう凌いでいますか?


先週の赤坂のノヴェンバー・イレヴンスには、また色々な方が見えてくださいました。あの日、めでたく婚約をしたカップル、そのお二人をお祝いする家族と友人のグループ。お勤め帰りの女性たち、仕事仲間だそうな。独り者の青年、大阪から出張で折り良くここに出ている私を聴きに来てくださる。青森出身のお嬢さん二人。津軽弁が通じた!そのほか、関係者の方々。皆様、有難うございました!

このお店は小さいながら、いや、この小ささが良いのですね。お店にいるすべての人の顔が見えます。キッチンにいるコックさんたちの表情まで見えるのです。歌っているときはそれほどじろじろ見まわしたりは出来ませんが、曲と曲の間でお話をするときにはあちこちに目線を走らせて観察をしてます。もう好奇心丸出しで見させてもらうのです。そしてどうコミュニケイションをとるか、その場で感じたままに進めていきます。大きな会場ではある程度、演出を考えますが(ほんまか?)小さな『小屋』(業界言葉で会場のことです)では出たとこ勝負、いきあたりばったり、つまり無計画、なんですね。この日はお客様やお店のスタッフの皆さんのお陰でとても和やかに楽しく盛り上がりました。うまくいく日もあれば、どうにもこうにも、にっちもさっちもいかず、『酢だ、蛸だ、こんにゃくだ(意味もないことを、あれこれうだうだとしゃべるの意)』とも言えず終わってしまう日もある。


昔、ナンシー・ウイルスンさんが(だったと記憶しておりますが)おっしゃたことがあります。ニューヨークの発声の先生も同じことを言われました。エンタテイナーは目の前のお客様だけを相手にしてはいけない。会場のすべての人に向かって一番奥にまで届けなければならない。最前列の人たちにだけ向かって話しかけてはいけない。それは、もう本当にそうなのです。そうあるべきなのです。

大きなコンサートホールで、大編成のオーケストラやビッグ・バンドで歌えることは本当に幸せなことです。そこで大きな拍手をいただけることは歌手冥利につきます。でも私は小さな小屋で歌うのも好き。ささやきが、ささやきとして届くところがいいと思うし、肩の力を抜いて無理をしない自分でいられますから。それにコミュニケイションがきめ細かにとれますよね。大きなコンサートホールでもそういられたらいいんでしょうけど、私にはなかなかに難しいことです。

さて、今日は六本木のアルフィーです。ここも小さくて可愛いライブハウスですが、素晴らしい
JAZZの歴史を積み重ねた老舗です。今夜の共演者は後藤浩二さんピアノ、杉本智和さんコントラバス、江藤良人さんドラム。楽しみです。どんな夜になるかワクワク!どうぞいらしてください!

このトリオで明日は日立のジョージハウスへ参ります。こちらは初めてで楽しみ。どんなお客様がいらっしゃるでしょう。とにかく、お待ちしています。では!
 2007 / 6 / 28
先日は青山BODY & SOULでのライヴにたくさんのお客様をお迎えすることが出来ました。お越しくださった皆様有難うございました。山本剛さんのピアノで坂井紅介さんのコントラバス、うちのおっちゃんこと海老沢のドラム。和気あいあいのあったかい雰囲気で、歌わせていただきました。楽しかった〜。お客様にも喜んでいただけたようですし、それが演奏するものにとっての幸せです。

日曜日は博多に行きました。その夜は博多の天神のあるホテルに泊まりました。最近ホテルに泊まって不思議に思うことなのですが、朝食の時レストランで従業員がお客様に『おはようございます!』と挨拶をしても、返事をする人がほとんどいないのです。そして食事が終わって立ち去る時にも『ありがとうございました、行ってらっしゃいませ!』と言われても『ご馳走様!』と言う人が皆無なのです。出迎える従業員には挨拶など必要ないと思うのでしょうか?そのホテルはこじんまりとして清潔で、いわゆる一流ではありませんが私の好きなホテルなのです。レストランのメニューもお手ごろの値段でそれなりに充実したイタリアンです。スタッフもきびきびと気持ちよく動き細かな気配りもなされています。お皿を下げる時や何かを頼んだ時も必ず『ごゆっくりどうぞ』と言葉が添えられます。それがたとえマニュアルからのものにしてもそれに対して『有難う』の一言が何故言えないのでしょう?これは全国的なことなのでしょうか、それともこのホテルに泊まる人たちだけのことなのでしょうか?

当たり前に有ることが、当たり前でなくなった時に如何にそれらが有り難いものであったことかと思い知るように、もしこれが無くなったらと考えてみると、この日常が本当に有り難い。だから、感謝の心を誰に対しても抱きたいと思うし、ありがとうを伝えたい。
だって、うれしいでしょう?だんな様にありがとうって言われたら。朝道ですれ違う見知らぬ人に笑顔で『おはようございます!』って云われたら、なんだかいい日になりそうと嬉しいものです。
新宿駅なんかではそうはいかないでしょうけど・・・・・。

今日は赤坂のNOVEMBERELEVENS[1111]です。平岡雄一郎さん、安か川大樹さんと3人です。
どうかいらっしゃってください。
 2007 / 6 / 22
ホームページがご覧のように新しくなりました。
マネジメントを新たにお願いした“マルドゥ・アソシエイツ”の細谷さんが関わってくださり、小回りが利くようになりました。写真も新しいマネジャーの中川さんの頑張りで、今までに無いスピードで更新されています。
私ものんびりしていられない・・・・・ですよね。


さっきやっと雨が落ちてきました。
乾いた地面が潤っていく時の生暖かくて青くさい匂いが立ってきて、子供のころの夏休みの雨の時を思い出します。

故郷の香川県を始めとしてあちこちで水不足が深刻です。もっとふれ、もっとふれ、でもゆっくりと優しい雨をお願いしますね。天に向かってそうお願いしています。

さて、今夜は青山のBODY&SOUL。山本 剛ちゃん、坂井紅介さん、うちのおっちゃんこと海老沢一博という豪華TRIO。雨は降ってますけど、あ〜せっかくでてきたのにと後悔はさせません、いらしてください!今日は絶対面白いLIVEになります。

約束のジャカルタ旅日記は忘れたわけでは有りません。後日!
でも、もういいか?誰か読みたい人、いる?
 2007 / 4 / 10
まだ桜が残る堤沿いを歩いて四谷駅の方から紀尾井ホールへ行きました。
この道はホテル・ニューオータニで歌っていた30年近く前、毎日のように通った懐かしいルートです。すっかり変わった景観、その頃の私が今の私にここで出会ったら、まあすっかり老けちゃってと思うか、歳のわりにまあいいんじゃない、と言うか・・・。なんて事を考えながらの道を今日のコンサートに向かう人達が、お勤め帰りのとは違う何とはなしに華やいだ空気を作りながら歩いてゆきます。

リシャール・ガリアーノ(RICHARD GALLIANO)七重奏団の演奏会です。
前から5列目の真ん中、とってもいい席です。私が住まわせていただいているお寺さんの住職ご夫妻も声をかけてご一緒しました。知り合いの顔も久しぶりの方々もあちこちにみえて、大きすぎないホールの音響面だけではない良さを演奏前に感じていました。
明かりが絞られ一呼吸おいて、下手側から黒いシャツに黒いパンツで統一したメンバーが現れました。このグループの演奏ではピアノが一番上手側に鍵盤が客席から見える形に置かれています。そしてコントラバスがピアノのおしりの横に立ち、チェロ、ヴィオラ、ヴァイオリン2人がゆるく弧を描く形に並んで座ります。演奏中のコンタクトがスムーズにとれるセッティングです。それぞれのポジションで落ち着いたところでガリアーノさん登場。みんなと同じ黒の上下です。ステージに置いてあったアコーデオンを胸に抱き、軽くチューニングをして直に1曲目が始まりました。初めのうちは音が少し小さい感じがしていました。ホールでのコンサートと言うと必ず音響が入り電気的に増幅された音に慣れている耳にとって全くの生音に物足りなさを感じてしまったのです。

しかし、しかしです、曲が進むごとに、いいえ初めの曲の途中からもうたっぷりとした音の大河の中に流されているような、豪華なタペストリーに囲まれているような、又ある時は極上な羽毛にくるまれているような気持ちに導かれていました。弧を描いて座るメンバーのほぼ真ん中に立ち、曲によってバンドネオンに持ち替え、一曲一曲を微塵の緩みも無く全身全霊を振り絞り演奏をする。ガリアーノさんだけではなく全員が同じテンションで、この音楽は修練によって鍛えられた身体力と精神力に加え、高等な技術などと言うものではない、もっと突き抜けた自由がなければ演奏できない次元を現してくれるものでした。ピアニストの音色の豊かさ、ダイナミクスの凄さ、ヴァイオリニストの音の深さ、美しさ、軽妙さ、彼らのこれまでの人生がどんなだったのかを知りたくなる響きを、一人ひとりがお持ちでした。

まだ終わって欲しくない、ずっと聴いていたい。みんながそう思って望んだアンコールをいったい何曲演奏してくれたでしょうか。まだ聴きたいけれどもう終わらせてあげないと大変でしょうから・・・でも出来るならば後一曲・・・・、ああ、おわりなんだ・・・。
ほとんどの人が立ち上がり声を上げ拍手を打ち鳴らし、今どんなに満たされているかをステージの人達に伝え有難うの気持ちを表現していました。素晴らしい演奏はこうして終わりました。そそくさと席を立つ気にはならず、熱く美しい余韻を楽しんでいました。
ロビーには人が溢れ皆さんなかなか帰ろうとしません。サイン会があることもその原因でしょうが、この興奮を共有する幸せな時間を出来るだけ延ばしたかったのでしょうね。

帰りはジャズ評論家の中川ヨウさんと赤坂見付けへ坂道を下りました。やはり桜並木がきれいで、高級ブランドのお店が並びオープン・カフェがあり、大都会の春を楽しめる雰囲気ばっちりです。そこでコンサート後のお食事をしようかとお座りになったころあいの大家さんご夫妻にお会いして、又感激を分かち合いました。お誘いして良かった!
全て素晴らしい夜でしたが、一つ失敗しました。新しい皮底の靴をひょいと選んで履いていってしまったのです。さあ、困った!まるで雪の日のくだり坂を歩くかのような具合で滑ることったら。中川ヨウさんの腕にしがみついて支えられて駅にたどり着いたのです。滑り止めをすぐに張ってもらわなくてはね。

ああ、本当に素晴らしかった。今思い出しても鼻がつんとして感激の涙が溢れてきます。
この感激が新鮮なうちにと、ジャカルタの旅行記をすっとばして書きました。
次元は違ってももっと真摯にまっすぐに音楽に生きて行きたいと思う私です。

 2007 / 03

今年も桜の季節が近づいてきました。花の3月、悩みがあっても希望に向かって又歩けそうな気になる季節、とでも言えるでしょうか・・・・。
ジャカルタに行ってきました。1日出発から6日朝の帰国まで正味4日間の滞在で、大きな規模のジャズ・フェスに出演させていただきました。日本からは渡辺貞夫さんグループ、小野リサさんグループ、後藤浩二さんトリオ、小沼ようすけさんグループ、私は3日のステージでは後藤浩二さん、杉本智和さん、小沼ようすけさんというドラムレスのトリオで歌い、4日のJAPAN DAYでのステージでは後藤浩二さん杉本智和さんに今度はHARVEY MASONさんトリオで歌いました。この間の詳しい旅日記を今書いているところです。
今しばらく待っていただけますか?

居ない間に大阪のNHKである番組がオン・エアーになり、私は帰国してそのDVDを観ました。神戸のオゾネ・ミュージックスクールの私のクラスの生徒さん、石野見幸さんのドキュメントです。彼女は癌と戦いつつ歌い続けている歌手です。その戦いは壮絶で正視することがつらいほどの凄さです。彼女から私は音楽の持つ力、歌うことの持つ力、一期一会の命がけの演奏をしないでどうする、との思いをあらためて教えられました。
彼女の闘病の揺れ動く心の中心に音楽がある、歌うことがある、これがなかったら生きてゆけないと見幸さんは言う。私の歌を聴くと元気が出ると、つらい身体を押して東京のライブに来てくれた。それに応えられるだけの歌が私は歌えたか・・・?

 2007 / 1 / 1

あけましておめでとうございます。
私の一言も何ヶ月ぶりかでやっとこさの更新です。
花野さんからは結局音沙汰なしでした。本当に残念に思いますが、ご縁が無かったということなのでしょう。花野さんからの連絡を待って一言を更新しなかったわけではありません。ただのワタクシの怠惰なパソコン日常がここに現れているということでして・・・。

さて、2007年。今朝もいつものように犬のメロディーと夫と3匹でお散歩。有栖川公園へ行ってきました。公園に住む猫たちも寒さに負けずそれぞれに元気、お正月にもえさを運んでくれる人達はお休みなしですからね。猫の身になれば有難いことです。
穏やかに朝日が昇ってぴりっと冷たい空気をやわらげてくれる中を、ちょっと早足で木々の間を歩く。毎朝のこの時間、実にいい時間なんです。掃き集められた落ち葉のじゅうたんがふかふかです。12歳半になる愛犬がとても元気なのも私が元気でいられるのもこの朝の公園の空気のお陰だと思います。仕事で夜更かししたとしても、必ず朝は一度起きてここに来る。その習慣が今の私たちを支えてくれていると感じます。

おなかぺこぺこで返ってきて、今朝はお正月ってことで朝からワインで乾杯。おせち料理はなんと大家さんのご一家からの差し入れ。お母様とお嬢さんのお手造り!
こんなに嬉しいことは、今時のこの東京で考えられます?なんて幸せなところに住まわせていただいていることでしょうか。
そんなこんなで幸せイッパイの私どもです。

どんな一年になるのでしょうか?どんな一年にできるでしょうか?
いろんな曲を歌うことを今年も目標に掲げて、森光子さんがスクワットを50回から75回に増やしていくように弛まず、地道に一日一日をしっかりと生きて行こうと思います。

たくさんの方たちにお世話になり生きていられる私たちです。本当に有難うございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

とりとめもなく、思いつくままの雑然とした一言ですが、今年はなるべくたくさんの更新を目指します。
ホント?  ほんと!
 

 2006 / 2 / 14

尋ね人あり  花野 淳さん  やーい

これはここに書いていいものかどうかを迷いましたが、是非連絡を取りたいので書かせていただきます。わがオットドッコイ、いえ夫、海老沢一博はここに来られる方ならご承知でしょうがドラマーであります。毎月の最終日曜日はCONOPUSというドラム専門店で“ドラム何でも相談室”を開いています。先月この相談室に来られ2〜3日後 にドラムスクール経由で我が家のほうにEメールをくださった方がいらっしゃいます。お名前を花野 淳さんとおっしゃいます。お返事を出したのですがアドレスに何か不備があり,どう試しても届かないのです。うっちゃっておくにおけない熱心な内 容のメールでした。どうしてもきちんとお返事をしたいのです。もし花野 淳さんをご存知の方がこれをお読みになったらもう一度、海老沢一博にメールを今度は電話番号を書き入れて送ってくださいとお伝え願えないでしょうか。連絡方法を色々模索しましたが・・・。どうかどなたかから、この事が花野さんに伝わりますように。それ が叶わなかったらもう一度今月末の相談室に現れてくれますように祈っています。 

 2006 / 1 / 6

もう本当に、なんたる怠惰。年が明けてしまいました。
のんきに新年のご挨拶なんぞは受付で追い返されそうですね。ましてや長期に渡る不更新の言い訳など誰も聞きたいとは思わないでしょう。ですからすっ飛ばします。

え〜、あらためて、あけましておめでとうございます!
今年の干支は戌。私、この戌年生まれです。48歳になると言いたいがそうは行かないのが現実。自分でもクリビツテンギョウ、ゲタタマ、イタオドロ!なんとカンレキを迎えるのであります。これを機に真っ赤っかに燃えてみたい。私の歌は破綻が無く面白くないといった評価を覆すハタンだらけの歌を歌いたい!ってのは冗談ですが、中途半端なこだわりは捨て、いろんなことをやってみよう、いろんな曲をうたってみよう、いろんなところで歌ってみようを、やってみようと思っています。

暮れの29日からニューヨークへ行ってきました。3年前から一緒に行きましょうとお誘いを受けていた高松の社会人ジャズオーケストラ、SWJOの皆さんとJazz at Lincoln Centerでのコンサートに出演してきました。このバンドの皆さんは社会人としても人間的にも実に優秀で魅力的な方たちで構成されており、もう何度かのニューヨーク公演を実現していることがその実力を証明していると言えるでしょう。プロのビッグバンドでも難しいとされるアレンジの曲を多忙な中での練習でモノにし、プロ並みのコンサート数をこなしています。その束ね役が歯科医の関元直登さん。その温かい人柄と真摯な対応で関元歯科医院は県外まで知られています。物凄い情熱を持ち、SWJOを世界一の社会人ジャズオーケストラにと、5年10年15年計画で先を見つめ一つ一つ実現してゆく姿は、まさしく名バンマス。そしてバンマスを支えるメンバーさんたちの頑張りにも頭が下がります。このSWJOについての詳しくはホームページをご覧下さい。私のここからLINKしております。本当にびっくりしますよ。

関本さん、SWJOの皆さん、お世話になりました。ご一緒できて光栄でした。有難うございました。コンサートのご成功、おめでとうございます。

今回のこの公演ツアーで、素晴らしい刺激を受け、負けちゃあいられないって思ったのです。カンレキだからといっておばあさんになってたまるか。イイおんなになってやろうじゃないの。苦しい時は笑ってやる、大いに笑ってウソさえもついてやろう
じゃありませんか。こじんまりしたいイイ人じゃなくて、少々破廉恥なイイおんなに・・・そんな思いが蠢いている新しい私、です。脱皮なるか、2006年。乞うご期待!

本年もどうぞよろしく、御願い申し上げます!

P・S
クリビツテンギョウ・ゲタタマ・イタオドロ
=びっくりぎょうてん、たまげた・おどろいた、です。

 2005 / 4 / 8

去年より10日ほど遅い桜が、このところの初夏のような陽気の中で一気に満開です。
我が家の周りには有り難いことに桜をはじめとして花の樹が多く、特別に出かけなくとも朝に夕にお花見が楽しめます。小鳥の声も色々聞こえてきます。
そんなうらうらとした家のなかで犬や猫たちと、のんびりしています。

3月10日、赤坂BフラットでのTBS“NEW23”の録画から始まったNO NAME HORSESとのツアーが、4月3日、東京ブルーノートで無事楽日を迎えました。
名古屋、福岡、大阪、そして東京のブルーノートにお越しくださった皆様、ありがとうございました。お花や果物お菓子、ワインにシャンパンとおいしい差し入れを下さった皆様、ごちそうさまでした。お心をありがたく戴きました。お一人お一人にお礼を申し上げられませんがどうぞお許しください。

本当にたくさんの人に支えられて歌いきったこのツアーでした。
NO NAME HORSESのメンバーとの楽しい思いでもたくさん出来ました。皆さん本当にありがとうございました。今頃は新作のレコーディングも終わりやっと一息つく間も有らばこそ、皆さんそれぞれのホームグランドに帰って行った頃ではないでしょうか。またご一緒できることがあれば嬉しいです。

小曽根真さん、奥様の菅野三鈴さん、お世話になりました。数々の貴重なアドヴァイスをありがとうございました。勉強させていただきました。小曽根さんのマネージャー旭さん、長い大変なツアーを本当にお疲れ様でした。

裏方で支えてくださった海老根久夫さん、ヴィデオ・アーツ・ミュージックの皆さん、ツアーマネジャーの高橋里実ちゃん(やまちゃんへ何時かまた行こうね)、PMミュジックの天木妙子さん、星野京子さん、本当にお疲れ様でしたね。ありがとうございました。
最後になりますが名古屋、福岡、大阪、東京ブルーノートの皆様、本当にお世話になりました。大所帯のことで大変なご苦労があったと思います。ありがとうございました。
以上、皆々様に感謝!

 2004 / 12 / 9

地球の回転が速くなっているのではないかいなと真剣に思ってしまうほど、時間が飛ぶように過ぎていってしまう。また12月。中でもこの12月と言う月に格別の感をお持ちの方も多いのではないでしょうか。

さて、11月25日、ONCE YOU’VE BEEN IN LOVE が発売になりました。
お陰さまで、本当にお陰さまで出足が好調との、うれしい知らせをいただいています。このアルバムは、ご承知のように録音してから発売までの時間がありましたので、いろいろな事にゆったり取り組めると言うメリットが生まれました。その顕著な成果がこのアルバムの顔であるパッケージです。手にとってご覧になった方々から、いったいどなたの作ですかとの問い合わせが多いのですが、基本のアイデアを考えて下さったのが神野三鈴さん、何を隠そう(ここにアクセスされる方はもうご存知でしょうが)小曽根真さんの奥様です。レコーディングの前から、もう今度は絶対にこの人に
このプロジェクトに参加してもらうんだと私は決めていました。女優でもある三鈴さんは、もの凄い感性の持ち主、ただもんじゃありません。このアルバムの音楽のすてきさを物語り、ふと手にとって見たくなる、一度手にするともう手放したくなくなる。
三鈴さんの考えを絵にしてくださったのがお兄様のTakehiko Kano(ごめんなさい、か野の「か」がここではみつかりませんのでローマ字にさせていただきました)そしてデザインを考えてくださったのが Rumi Fujita(お兄様にそろえました) さんです。このお三方は小曽根さんのアルバムジャッケットでチームを組んでいらして、今回私の念願がかなったわけなのです。とにかく良いものが創りたいとの情熱と時間をかけてじっくりと練り上げられたジャッケットと音楽です。どうか何度も手にとって、何回も聴いていただけますように。

アメリカへ行ってきました。今回は初めての二人一緒のニューヨークとボストンです。うちのおっちゃんは70年代に3年ばかりマンハッタンに住み、D.C.Iと言うドラム学校に通っていました。その後ボストンに移りバークリーへ行きました。私は1981年に初めて行き83年に初ニューヨーク・レコーディング。85年に半年、観光ヴィザ目一杯の滞在をしました。その後何度かのレコーディングにかの地へ出かけたのです。それぞれの思い出の土地を訪問してみました。このお話は長くなりそうなので次回にしたいと思います。
今回の旅行で一番したかったこと。それは、それぞれのレッスンを受けることでした。私のほうは残念ながら実現まで行きませんでしたが足がかりだけは出来たように思います。おっちゃんは小曽根さんトリオのクラレンス・ペンさんにレッスンを受けることが出来ました。このレッスンは非常にすばらしいも成果をもたらしてくれているとのこと。この時期に行ってよかったと心から思うそうです。ここで、中村健吾さんクラレンス・ペンさんそして小曽根真さんに感謝を申し上げます。
うちのおっちゃんが申しております。「本当にすばらしい体験でした。新しいドアが開きました。今まで見ているつもりで見えていなかったことが見えてきました。苦手意識で横目で気にしていたことに正面から取り組むことができます。本当にありがとうございました。」おっちゃんは半年に一度必ずペンさんの元へ勉強にうかがうと決めました。凄いなと思います。私も次回は必ずと思います。バークリーへは行けなくても・・・・。

先にも書きましたように旅のいろいろは、次回です。なるべく年内にとは思いますがもし間に合わないときは、皆様どうぞ良いお年を!今年も本当に本当にありがとうございました! 

 2004 / 11 / 27

新作発売が近づいてきました。
美しくすばらしいジャケットに包まれてONCE YOU'VE BEEN IN LOVEが世に出ます。このプロジェクトにかかわってくださったすべての方々に感謝を申し上げます。
ほんとうに有難うございました!

今日これからニューヨークへ行ってきます。発売日に日本にいないと言うのがどうも、なんなんですが、すぐ帰ってくる短い旅行です。今回はうちのおっちゃんと一緒。初めて二人で行くニューヨークです。また、珍道中になることでしょう。12月のコンサート、そして3月のビッグバンドとのツアー、本当に楽しみです。それに向けて充電してきます。またここで、旅レポートを、読んでいただけるように頑張ります。

いってきま〜す。 



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