君子からの一言  2007.4.11

4月10日、まだ桜が残る堤沿いを歩いて四谷駅の方から紀尾井ホールへ行きました。
この道はホテル・ニューオータニで歌っていた30年近く前、毎日のように通った懐かしいルートです。すっかり変わった景観、その頃の私が今の私にここで出会ったら、まあすっかり老けちゃってと思うか、歳のわりにまあいいんじゃない、と言うか・・・。なんて事を考えながらの道を今日のコンサートに向かう人達が、お勤め帰りのとは違う何とはなしに華やいだ空気を作りながら歩いてゆきます。

リシャール・ガリアーノ(RICHARD GALLIANO)七重奏団の演奏会です。
前から5列目の真ん中、とってもいい席です。私が住まわせていただいているお寺さんの住職ご夫妻も声をかけてご一緒しました。知り合いの顔も久しぶりの方々もあちこちにみえて、大きすぎないホールの音響面だけではない良さを演奏前に感じていました。
明かりが絞られ一呼吸おいて、下手側から黒いシャツに黒いパンツで統一したメンバーが現れました。このグループの演奏ではピアノが一番上手側に鍵盤が客席から見える形に置かれています。そしてコントラバスがピアノのおしりの横に立ち、チェロ、ヴィオラ、ヴァイオリン2人がゆるく弧を描く形に並んで座ります。演奏中のコンタクトがスムーズにとれるセッティングです。それぞれのポジションで落ち着いたところでガリアーノさん登場。みんなと同じ黒の上下です。ステージに置いてあったアコーデオンを胸に抱き、軽くチューニングをして直に1曲目が始まりました。初めのうちは音が少し小さい感じがしていました。ホールでのコンサートと言うと必ず音響が入り電気的に増幅された音に慣れている耳にとって全くの生音に物足りなさを感じてしまったのです。

しかし、しかしです、曲が進むごとに、いいえ初めの曲の途中からもうたっぷりとした音の大河の中に流されているような、豪華なタペストリーに囲まれているような、又ある時は極上な羽毛にくるまれているような気持ちに導かれていました。弧を描いて座るメンバーのほぼ真ん中に立ち、曲によってバンドネオンに持ち替え、一曲一曲を微塵の緩みも無く全身全霊を振り絞り演奏をする。ガリアーノさんだけではなく全員が同じテンションで、この音楽は修練によって鍛えられた身体力と精神力に加え、高等な“技術”などと言うものではない、もっと突き抜けた自由がなければ演奏できない次元を現してくれるものでした。ピアニストの音色の豊かさ、ダイナミクスの凄さ、ヴァイオリニストの音の深さ、美しさ、軽妙さ、彼らのこれまでの人生がどんなだったのかを知りたくなる響きを、一人ひとりがお持ちでした。

まだ終わって欲しくない、ずっと聴いていたい。みんながそう思って望んだアンコールをいったい何曲演奏してくれたでしょうか。まだ聴きたいけれどもう終わらせてあげないと大変でしょうから・・・でも出来るならば後一曲・・・・、ああ、おわりなんだ・・・。
ほとんどの人が立ち上がり声を上げ拍手を打ち鳴らし、今どんなに満たされているかをステージの人達に伝え有難うの気持ちを表現していました。素晴らしい演奏はこうして終わりました。そそくさと席を立つ気にはならず、熱く美しい余韻を楽しんでいました。
ロビーには人が溢れ皆さんなかなか帰ろうとしません。サイン会があることもその原因でしょうが、この興奮を共有する幸せな時間を出来るだけ延ばしたかったのでしょうね。

帰りはジャズ評論家の中川ヨウさんと赤坂見付けへ坂道を下りました。やはり桜並木がきれいで、高級ブランドのお店が並びオープン・カフェがあり、大都会の春を楽しめる雰囲気ばっちりです。そこでコンサート後のお食事をしようかとお座りになったころあいの大家さんご夫妻にお会いして、又感激を分かち合いました。お誘いして良かった!
全て素晴らしい夜でしたが、一つ失敗しました。新しい皮底の靴をひょいと選んで履いていってしまったのです。さあ、困った!まるで雪の日のくだり坂を歩くかのような具合で滑ることったら。中川ヨウさんの腕にしがみついて支えられて駅にたどり着いたのです。
滑り止めをすぐに張ってもらわなくてはね。

ああ、本当に素晴らしかった。今思い出しても鼻がつんとして感激の涙が溢れてきます。
この感激が新鮮なうちにと、ジャカルタの旅行記をすっとばして書きました。
次元は違ってももっと真摯にまっすぐに音楽に生きて行きたいと思う私です。

君子


 

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